過渡期を迎える上海商業施設(後編) 大規模開発ラッシュで市場は飽和状態を迎えたか?

③リノベーション&コンセプト型施設
コンセプチュアルなリノベーション施設としては、上海の現代アートの聖地として「M50」が以前から知られている。蘇州河のほとりにある1930 年代に建てられた紡績工場跡地をリノベーションして、2002 年に誕生したスポットで、エリア面積は約41,000 平方メートル。ビル内や路地裏に絵画や写真、映像アートなどの現代アートを扱うギャラリーやアトリエが100 軒以上密集している。「M50」はアーティスト向けの施設のため、カフェも数軒しかなく観光客向けのお土産屋があるわけではないが、リノベーション×アートの先駆的存在だ。

また異色の施設として「1933 老場坊」がある。地下鉄4・10 号線「海倫路」から徒歩5分ほど。1933 年に英国の建築家バルフォア(Balfours)によって建てられたアール・デコ調の建物だが、実はもとは極東最大級の食肉処理場だった。当時は上海で消費される肉の3分の2を供給していたという。その後、中国の経済発展に伴い、食品加工産業が郊外に移転される中で事業は徐々に縮小し、2002 年から完全に閉鎖されていた。それを2006 年から1年かけてリノベーションし、商業施設に生まれ変わった。施設内にはカフェ、レストラン、ショップの他、アーティストのための作業場などがある。そのテナント構成を商業的視点で見ると、雑多な印象でまとまりはないが、アート系のショップやアトリエ、インパクトのある装飾的建物の影響もあり、SNS映えするアート系観光地として国内外からの来場者が多く訪れる。

さらに、比較的新しい施設として「コロンビアサークル」を挙げたい。地下鉄3、4号線「延安西路」駅2号出口を出て徒歩15分ほど。租界時代の1924 年に「哥倫比亜郷村倶楽部(コロンビア・カントリークラブ)」として開発され、上海に住む欧米人たちのレジャースポットとして利用されていた。開放後は「上海生物製品研究所」として1950 年代前後まで使われ、70年近く閉鎖されていたが、10 棟ほどある建物をリノベーションして2018 年5 月にオープンした。飲食店を中心に、ブックカフェ、オフィス棟、文化財建築、展示施設などが集まる複合施設だ。まだ広く認知されていないせいか外国人の姿は少ないものの、上海の中心街とは異なり開放的かつ欧米的な雰囲気でSNS映えするスポットが多く、高感度な地元民に人気のようだ。また「ウィーワーク(WeWork)」の入居予定もあり、デジタル・ネット関連で起業を目指す若い人たちとも親和性を感じる。ファッション的なイベントも頻繁に開催され、時代感とにぎわいを維持しているのが特徴だ。

以上の3施設はアート性のある観光地的な雰囲気の中での物販・飲食やIT系スタートアップ企業、アートビジネス企業からの家賃などで収益を得る印象が強い。どれも商業集積としての厚みはなく、収益性が際立って高い印象はないが、アートに関心の高い層や起業を目指す若い世代からの支持を集めている。レガシー的な建築物のリノベーションは必ずしも効率的ではないし、投資を回収するまでに時間がかかるケースもある。しかしサスティナブルやアートな志向が背景にあることで、今後、より不動産価値が高まるのではないかと思われる。そうした意味で、このようなアプローチは今後増えていくだろう。

④多機能集約型施設
多機能集約型施設は、実は日本が先行しているカテゴリーだ。駅を起点に移動する人が圧倒的に多い都心部では、駅に直結または隣接して、商業施設(百貨店やファッションビル)、オフィス、住宅、公共機関などが凝縮されている事例が各所にある。上海の多機能集約型施設の事例として、「浦東嘉里城(ケリー・パークサイド)」を紹介したい。2011 年にオープンした同施設は、地下鉄7 号線の「花木路駅」にほぼ直結。商業施設およびオフィス棟、ホテル棟(シャングリ・ラ系列のケリー・ホテル)、レジデンス棟が集積された複合型の施設で、全体が一定のグレード感でほどよくまとまっているのが特徴だ。

商業自体は45,000 平方メートルで約150店舗と中規模だが、センスの良い食物販やレストランが充実し、高級スーパーの定番「オレ(Ole’ )」がある。1階部分の外側は、レストランのテラス席が多く配置された開放的で雰囲気の良い空間となっており、平日の日中でも欧米人の顧客が目立つ。ファッション系テナントはそれほど多くないが、キッズファッションや雑貨、「アディダス」、「ナイキ」、「ルル・レモン」などのスポーツ系が充実。「H&M」や「GAP」などのファストファッションの出店もあり、普段使いにちょうどよい印象だ。ここは香港系の「ケリー・プロパティーズ(嘉里建設有限公司)」が中心になり一体開発された施設で、「ケリー・ホテル」のイメージが核になっている。ホテルは巨大なカンファレンスホールを有し、隣はビジネス棟があるため、当然、ビジネス対応に力を注ぐ一方、ホテル内には大きな子供用プールや、幼稚園児・小学生向けの巨大なプレイグラウンド(会員および宿泊者限定)があり、ファミリー対応にも力を入れているのが特徴だ。

それらと連動しているためか、商業ゾーンはファミリーやビジネスマンの普段遣いに便利なものでまとめられている。「ケリー・ホテル」をコアイメージにしてオフィスやレジデンスを配しながら、商業ゾーンに等身大なコンテンツをそろえており、その現実的なさじ加減がセンスを感じる。多機能集約型商業施設としては中規模ではあるが、「住む」、「泊まる」、「働く」、「食事する」、「買い物する」などの複数のニーズに、統一感を持って対応している好事例と言える。商業テナントの賃料だけでなく、他の機能を集積して収益モデルを重ね合わせ、一体感を持って展開するモデルは今後増えていくだろう。

■商業施設 新時代の到来


冒頭に掲げた「大規模開発ラッシュで、市場は飽和状態を迎えたか」という問いかけへの回答は、恐らくイエスだろう。ここ20 年近く、上海では商業集積一辺倒でさまざまな開発が進んだが、もうお腹いっぱいだ。アメリカでは先行して不採算SCの廃業ラッシュが進んでいるが、今後は日本、そして上海をはじめとする中国一級都市でも同様に採算面で厳しい施設が増えてくると予想される。半面、大規模商業集積にエンターテインメント性を付加したり、施設のコンセプトをはっきりさせて特徴づけたり、リノベーションでアート性にこだわったり、機能を複合化して収益性を高めたり、といった今回紹介した4タイプの事例だけでなく、既存の商業施設の枠組みにとらわれない新しいモデルの商業施設が増えつつある。従来型の収益モデルが崩れて、生き残るための新たな模索が始まっているのだ。そういう意味で、上海にも新しい商業施設の時代が来ることは間違いないだろう。


1. 上海現代アートの聖地「M50」は、低層の建物が幾つもあり、1階部分はギャラリーやアトリエ、カフェなどが入居。壁面アートなどのアート作品が随所に見られる


2. 牛用の細い通路が錯綜する「1933老場坊」は、どこか異様な雰囲気が漂う。1階部分はギャラリーやアトリエ、カフェ等が並んでおり、広場横にはイベントスペースやレストランが入居する建物がある


3. 浦東嘉里城の1階部分はテラス席が豊かに設置され、開放的な雰囲気を醸し出している

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