前回の連載では、環境・社会課題における梃子としての要素が大きい「脱炭素」について、国際動向や日本企業のビジネス機会を織り交ぜ、ファクトをベースにしながら概観してきた。主に環境戦略でイニシアティブを握ろうとするEUの思惑、国境という概念ではなく価値観を重要視するGAFAMなどの企業視点、米国のグローバル覇権に対抗するかたちで脱炭素やテック関連で世界最大の経済圏を狙う新脱炭素型シルクロードなどにもふれてきた。
気候変動に対応しないことのダイベストメントリスクなどにもふれさせていただいた。日本の展望として脱炭素と経済の実務化の観点から、欧州、米国、中国と覇権争いをするのではなく、脱炭素ビジネスの仕組みを確立し、主に成長するアジア市場でいかに脱炭素分野で貢献できるか、国際競争力の向上、気候変動危機双方の観点から勝機があることをお伝えしてきた。
第6回目の本稿では、実際に企業が脱炭素経営に舵を切るにあたり、認識すべき前提、進め方、本業への採り入れ方など留意すべき点を解説していく。誌面が限られるため詳細は割愛するが、本稿が読者のみなさまの経営や事業運営の際の一助となれれば幸甚である。
脱炭素経営をはじめる
●脱炭素により企業の持続可能性を高める
気候変動の要因は石炭や石油などの燃焼に伴う、人為的な温室効果ガスの排出と考えられている。それゆえに脱炭素化の主役はやはり企業という共通認識が前提である。気候変動リスクへの対応が経営リスクとなり得る一方で、新たな成長機会と捉えるべき視座は前回まで説明した通りである。再生可能エネルギー分野の投資予定額をみても脱炭素市場は将来の約束された市場であり、企業経営の持続可能性には切り離せない分野である。
では実際に脱炭素経営を進めるに当たり、整備された芝生のグラウンドが用意されているかというと、むしろ霧がかった未整地が市場環境と考えたほうがいまはよい。したがって小手先の戦略では対処がむずかしい。
以下は当社が脱炭素経営の道先案内としてコンサルテーションする際、はじめにご理解いただくことである。脱炭素社会に向けて、企業経営が今後どうあるべきか、3つの視座を表わしている。
1.自社と社会の脱炭素双方をリードする
2.顧客の意識を変革し、行動変容を促す
3.不確実な市場に対し、経営レジリエンスを高める
上記を実現するために新たに採り入れるべき前提は以下である。
●世界の脱炭素化の動向把握
国内外の幅広い情報を集め、変化する脱炭素化の動向をタイムリーに把握すること。特に法律や規制、産業会全体の情報、技術の3つに着目することをおすすめする。社内に情報を収集できる組織をつくり、社外ネットワークを拡大し有効情報を蓄積していくことが重要だ。SBTやTCFDなど国際的なイニシアティブの把握と連携も検討することをおすすめする
●カーボンニュートラル宣言の実施時期を決める
舵をきるタイミングを決めて、脱炭素をいかに稼ぐ力に転嫁させるかビジョンを描く。脱炭素は営業許可書のようになるだろう。長期的視座で早く取り組む企業にベネフィットが蓄積される。
●自社や産業界だけでは脱炭素の蓋然性が低いことを前提とする
不確実性の高まる社会環境下で、自社や産業連関だけではどうにもならないという前提も理解し、複数のシナリオを準備し経営レジリエンスを高める必要がある。社会の脱炭素をリードする方針と矛盾するが、自社目標を果たしても、紛争や自然災害など外部環境が妨げることも考慮し、望まなかったシナリオに進む可能性も当然ある。それゆえに産業基準と比較して高すぎる目標設定などが、結果的に経済合理性を低下させるリスクがあることも考慮し、社会の道筋を客観的に捉え適合させていくことが重要である。
脱炭素経営サポートガイダンス
●脱炭素経営に取り組まないリスク
図表1は具体的にどのような順序で脱炭素経営を進めていくのが効果的かを表わした、当社が開発したフレームである。脱炭素経営の課題を紐解き、5つの工程を経て組み上げるものだ。基礎的な脱炭素の国際潮流の最新情報の把握から、事業の強みを活かしながらどのような視座で脱炭素経営レジリエンスを高めていくか著している。
図表2のフレーム01は5つの工程のうち、社内の意識レベルチェックや基礎情報をインプットすることから着手し、経営パーパスに照らした脱炭素に向き合うための長期的ビジョン・戦略を大まかに整理するのに有効なフレームワークとなる。
それぞれの項目の詳細な解説は割愛するが、今回はそのなかでもカーボンマネジメントの基礎に少しふれたい。カーボンマネジメントとは自社の温室効果ガス排出量を可視化することに留まらず、事業活動が社会に与えるあらゆる影響から温室効果ガス排出量を考えることである。また温室効果ガス削減の取組み全体を可視化することでもある。
図表3に進め方の図解を作成した。
ステップ1では、排出量をGHGプロトコルのガイダンスに沿いこれから進める活動のベースラインとなる現状を把握する。その際にどの分野に温室効果ガスが集中しているのか見極めることが重要となる。
ステップ2では、排出削減目標を設定し、いつまでにどれだけ改善するのかゴールを設定する。
ステップ3では排出削減の工程を策定する。その際現時点からの積上げ式で工程を組むのではなく、ゴールを達成するために実施すべき最優先課題から逆算しギャップを埋めていくバックキャスト型の思考で策定するのがポイントである。
ステップ4では実際に排出削減活動を具体的に開始し定量データで検証・修正のマネジメントサイクルをまわす。
重要なのは、これら一連の排出削減の活動そのものの透明性を高めて情報開示することだ。そのことにより株主だけでなく、従業員、地域社会、メディア、生活者などあらゆるステークホルダーとのリレーションを促進することが可能になる。
事業への一体化に向け
フレーム02以降は脱炭素経営戦略を社内に浸透させ、事業戦略にどのようにシフトさせるかに重きを置いている。自社の事業価値と競争力を維持しながら、社会変革や顧客の行動変容を実現するために、将来の事業を価値共創型へ転換できるかが重要なポイントである。また脱炭素を採り入れることによるシナジー・トレードオフとなる事業の分析、脱炭素の指標となる非財務情報と既存事業指標とのリンケージ設計などをおおまかに策定していく。経営の意思を事業変革につなげるためのワークショップ形式で進めていくものである。
本稿では脱炭素経営の道案内として当社が実践しているフレームが読者のみなさまにとって有用と考え解説してきた。世界的にみて気候変動対策は待ったなしであり、政治・経済の最優先事項かつ文明存続の条件でもある。不可逆的なスイッチが押されることのないよう、これを機会にぜひ、脱炭素経営を検討していただきたい。
※上記「サステナビリティ戦略アップデート 第6回」の内容は『月刊レジャー産業資料6月号』 にて掲載
掲載元 / 綜合ユニコム株式会社 : https://www.sogo-unicom.co.jp/leisure/
著者情報
ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。
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