行動変容は社会課題から  繊研新聞寄稿(前編)

2023年2月16日(木)、ifs未来研究所 所長代行の山下が繊研新聞に寄稿いたしました。

業界への提言、サステナブルなファッションに向けて 上『行動変容は社会課題から』



パキスタンでは国土の三分の一が水没し今なお400万人の子どもたちが汚染された水の近くで生活している。遠い未来のことに思えた気候変動リスクはメディアやSNSを通じ現実社会で目の当たりにすることが増え、まるで人と自然環境が戦争状態にあるかのようだ。

ロシアによるウクライナ侵攻もナショナリズムといった一義的な意味合いでなく、人類の生存圏が狭まることによる緊張の高まりが起因しているとの見方もできる。その影響は資源価格の高騰を招き世界的なインフレを引き起こすなど隣接する国はもとより、あらためて、世界は複雑につながり、国際協調の複雑さも露呈した。
23年はパリ協定から折り返し地点となる。今私達は本当に地球環境のバウンダリーを維持できるのか歴史上の節目を迎えているのではなかろうか?

鍵を握るのは企業


さて、サステイナブル(持続可能な)消費の鍵を握るのは企業である。生活者より少し先回りをして、未来をよくする気構えを示すことが重要だ。それも国際取引上のリスク管理として外圧から押されて動くのではなく、自らが社会や環境へ与える重要課題をひも解き、目的を定めることが最も重要だ。

人々の心を豊かにし時代の象徴する生活文化を築き上げてきたファッションが健全性を取り戻すことで、他産業に好事例を示し、力を与えることができるはずだと私は信じている。

連載の第一回目は生活者が行動変容する為にまず企業やブランドが何をすべきか、少し俯瞰して見ていきたいと思う。日本企業のTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への賛同団体数は世界1位、SBTi(Science Based Targets)認定数は世界3位、RE100(Renewable energy 100)加盟数は世界3位と、気候変動に関する国際イニシアティブへの賛同は各国と比較しても際立っている。経営側の環境へのコミットメントが進んでいる現れだが、サステイナブルな製品やサービスが事業収益の主軸になっている日本企業が少ない理由は何であろう。

「我が事」としての実感


視点を生活者に切り替えてみてみる。国のオープンデータによれば、生活者の8割が脱炭素という言葉を認識し、7割以上が行動を変える意思をもつが、その半分は行動に移していない。この割合は他国と比較しても低位で、表示内容の信頼性や不明確さ、レギュラー品と比較した価格の高さなどが主に要因と報告されている。本質的な理由は何か、今からはもう少し掘り下げていく。

行動科学の見地から、心理的障壁を距離に例えると、時間軸、空間軸、社会軸、仮想軸の4つに分類できるという学説がある。遠い未来のことなのか、地球の裏側のことなのか、自分には関係ないコミュニティのことなのか、起こりうる可能性が低いことなのか、自分と離れたコトには心が動かず行動にもつながりづらいとのことだ。
日頃から地震や台風にさらされてきた日本は、自然災害への耐性がもともと高い。気候変動リスクは、目の当たりにすることが日常生活では少なく、実感が湧きづらいのかもしれない。

では、ブランドや企業はどうすべきか?いったんあえて訴求ポイントを環境から外すのはどうか?気候変動は、人権問題、貧困、紛争、生物多様性、文化の持続リスク等、社会問題と密接にひもづく。


製品やサービスを通じ、なぜ取り組むのか。生活者と共に成し遂げたい社会課題は何かなどを示し、そのために新しい技術や手法を用いて原料調達や生産背景へのこだわりをナラティブに伝える。また生活者との関係を築き上げるためにも販売をゴールにしないことだ。購入は顧客体験の始点にすぎず、それ以降のファネルの方が重要だからである。

明日の連載後半は社会課題がレバーとなった行動変容に関し、具体例をもとに構造分解していきたい。
(出典:繊研新聞 2023年2月16日付 https://senken.co.jp/ )

後編はこちらからご覧いただけます。


著者情報

ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。

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