■世界中から100万人が訪れるデザインの祭典
世界中のデザイン関係者が注目する「ミラノ・サローネ」の歴史は古く、1961年に開催された家具やインテリア小物輸出のための見本市が発祥だ。現在では、世界最大の国際家具見本市「サローネ・デル・モビーレ(Salone del Mobile)」として、ミラノ郊外のロー市にあるロー・フィエラ・ミラノをメイン会場に、6日間の会期中約43 万5000人の来場者を集める。さらに、同じ時期にミラノ市内(ブレア地区、トルトーナ地区、ミラノ大学など)でも「フォーリ・サローネ(Fuori Salone、イタリア語でサローネの外の意味)」と呼ばれる自主開催の展示やイベントが多数行われ、近年は、これらを「ミラノ・デザイン・ウィーク」と総称し、世界各国から100 万人以上が訪れるデザインの祭典へと成長を遂げている。
筆者が「ミラノ・デザイン・ウィーク」の定点観測を始めてから既に10 年以上たつが、同イベントの特筆すべきところは、開催期間中はまさに街を挙げての”祭り”になることだ。世界各地から集まったデザイン業界関係者のみならず一般市民も参加して、街の一大イベントであるデザイン・ウィークを楽しんでいる。特に、「フォーリ・サローネ」は、出展企業の商品PRというよりも「創造性の発表の場」としての自主展示も多く、週末にはファミリーや友人同士で展示を楽しむ姿も多く見られる。もちろん出展者側もこうした一般来場者は大歓迎で、筆者も「LEXUS(レクサス)」の会場で、教師に連れられた課外授業と思われる児童たちと遭遇した。幼い頃から、世界一流の企業が競うデザインやクリエーションに触れられるミラノの子どもたちをうらやましいとも感じた。
世界中から人が集まるため圧倒的なイベント数もミラノ・サローネの特徴のひとつで、今年はイベント総数1,372を数え、見所も満載だった。
■人の気持ちや感覚、
体験もデザインする日本企業に注目
今年のデザイン・ウィークのテーマは、「自然、環境とサステイナビリティ」。家具以外にもフードやテクノロジー関連分野など多くの企業やデザイナーがイベントや展示を行い、ファッション分野からも60 超のブランドが参加した。
なかでも、注目されたのはセイコーウオッチ株式会社(以下、「セイコー」)の初出展だ。同社はかつて2009年の「Japan DesignSelection(ジャパン・デザイン・セレクション)」のブースで、「セイコー・スピリット byパワーデザイン・プロジェクト」を展示したが、単独出展は初めて。今回は、「The Flowof Time( 時の流れ)」をテーマにしたインスタレーションでメッセージを発信した。同社「グランドセイコー」ブランドの独自機構である「スプリングドライブ」は、機械式時計とクォーツ式時計の良いところを取り入れたハイブリッド型で、ぜんまい駆動ながら日差1秒以内。そのムーブメントを、12本の柱上の台にのったガラスの中に時計パーツ封入させた展示はまるで透明な琥珀のようで、歩を進めるごとにガラスの中のパーツが完成されてゆく。12 本の背景の壁全面には移ろう時の映像が流れ、“精度”と”情感”が織りなす世界は、「グランドセイコー」の世界観と日本の美意識を表現するもの。イタリア人と思われる2 人のビジターは、筆者が展示室に入る前からそこにいて、出る時にもまだ見入っていた。
パナソニック株式会社(以下、パナソニック)とソニー株式会社(以下、「ソニー」)も快挙を達成した。「フォーリ・サローネ」出展社対象で実施される「ミラノ・デザイン・アワード 2018」では大賞以外に5 つの賞が設けられ、パナソニックの作品が「ベストテクニカル賞」を、ソニーが「プレイフル賞」をそれぞれ受賞した。
創業100 周年を迎えるパナソニック の「ミラノ・サローネ」での受賞は、2016 年の「ピープルズチョイス賞」、2017 年の「ベストストーリーテリング賞」に続き3 年連続の快挙となる。今回は「TRANSITIONS(遷移)」をテーマに、人の気持ちや感性まで「目に見えない体験価値をデザインする」という「Air Inventions(空気の発明)」がコンセプト。直径20メートルのエアードームに導かれた観客を5 マイクロンのシルキー・ファイン・ミストで包み込み、床や壁面に投影される映像で、異空間へと誘う。部署名も素晴らしい同社のWonder 推進室企画課主幹の島田尚依氏によると、「このシルキー・ファイン・ミストは、2020 年の東京オリンピックの際にバス停などの待合客に涼しさを提供することを目的に、開発されたもの」とのこと。一般来場者も訪れる土曜日の昼過ぎには「待ち時間1 時間」がアナウンスされるほどの盛況ぶりだった。創業以来、続けてきた「モノ」のデザインから、「目にみえないもの、手に触れられないもの、人の気持ちや体験」までもデザインしてゆくというパナソニックの強い意志を感じた。
ソニーは8 年振りの参加となる。テーマは、「HIDDEN SENSES( 隠された感覚)」。同社のクリエイティブセンター企画推進グループクリエイティブ企画チームPR担当マネジャーの渡辺真理子氏は、「社内の数人が、部活のようにしてスタートしたことがプロジェクト化され、今回の出展につながった」と話す。
「日常生活に技術が寄り添う」というコンセプトで、体験型デモンストレーションが可能となったことから出展を決めたそうだ。今回の展示はまだすべて開発段階とのことだが、「世の中にあったら楽しいだろうな」と思わせてくれるものばかりで、同社が「プレイフル賞」を受賞したことがうなずける。渡辺氏も「出展意図にピッタリの賞をいただいた」と満足げだった。会場には親子連れの来訪者も多く、大人も子供もインタラクティブな体験を楽しんでいた。
海外企業から注目を集める日本人デザイナーも多いが、なかでも佐藤オオキ率いるネンド(nendo)は、日本のメーカーの繊細な素材や緻密な加工技術によって生まれる「ものの動き」をカタチにした10 作品を展示する個展「nendo : forms of movement (動きのフォルム)」を開催し、連日、長蛇の列ができていた。
■世界最高峰のデザインの祭典
街と一体で更なる国際化を
今回、特筆すべきは、見本市の「サローネ・デル・モビーレ」が、改めてミラノ市と連携して市内中心部で特別展示を行ったことだろう。ミラノの心臓部とも言えるドゥオモ広場に特設会場を設営し、「リビング・ネイチャー」をテーマに春夏秋冬4シーズンの気候を再現。環境問題へのメッセージ性の高い内容だったが、「サローネ・デル・モビーレ」と「フォーリ・サローネ」との連動、そしてミラノ市との密接な協力関係を象徴するような動きだった。
実際、「サローネ・デル・モビーレ」は、より一層ミラノ市とのコラボレーションを強化するためのマニフェスト(宣言書)を発表し「さらなる国際化を目指す」という。こうした動きにより、「ミラノ・デザイン・ウィーク」は、世界最高峰のデザインの祭典たる地位をさらに強化していくことだろう。
そのような中、2018年は日本企業が多くの賞を獲得するなど、あらためて存在感を発揮した。日本企業の技術力+独特の美意識のプレゼンテーションに世界からの期待や注目度が高まりつつあることを示している。これからのデザイン・ウィークでも、日本企業のさらなる活躍がみられることを期待したい。
1.2. パナソニックは、「Air Inventions」をコンセプトに、国立ブレラ絵画館の中庭にエアドームを設置し、「ミラノの街中で、最も美しく澄んだ空間」を創出
3.4.「グランドセイコー」の会場内では、日の出や星空など自然界の「時の流れ」を映し出したモニターの前に、時計パーツを封入したアクリル製オブジェを並べ、出口に進むにつれ組み上がる様を見せた
5.6.ソニーは「隠された感覚」をテーマに、日常生活に最先端のテクノロジーを潜ませ、見慣れた風景に驚きを追加する遊び心いっぱいの体験型展示を行った
7.ドゥオモ広場に設置された特設展会場。環境問題へのメッセージなどを発信した 8.日本企業の素材と加工技術をテーマにした「nendo」個展は連日大行列となった