■若者の合言葉は「 ベンモ・ミー!」
米国モバイルペイメント市場で、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているのが「ベンモ(Venmo)」だ。ペンシルバニア大学の同級生でルームメイトだったアンドリュー・コルティナ 氏とイクラム・マグドン・イスマイル氏によって、2009 年にNY を拠点に設立された個人間送金サービスアプリだが、近年、「使い勝手の良さ」「基本的に手数料無料」「ソーシャルな要素」などで、「ベンモ・ミー!(Venmo me!=ベンモで払ってね!)」が日常会話で頻繁に使われるなど、ミレニアル世代をはじめとする若年層を中心に定着しつつある。
オンライン統計調査およびマーケティング会社スタティスタ社の調べでは、「ベンモ」を経由した決済金額は、2015年第3四半期21億ドルから、2017年度第3四半期には90億ドルへと急成長を遂げている。創業者のひとりコルティナ 氏によると、創業のきっかけは彼にお金を借りていたイスマイル氏が支払いのために小切手を送ったことだという。その煩雑な決済処理の解決策として、モバイルフォン経由で個人間送金ができる方法を思いついた。
「ベンモ」は瞬く間にモバイル決済サービスの主流となり、2012 年にシカゴを拠点にする決済サービス会社ブレインツリー社に262 万ドルで買収された。さらに2013 年には、カリフォルニア州を拠点とするフィンテック企業ペイパル社がブレインツリー社を8 億ドルで買収したため、現在はペイパル社傘下にある。現在の利用者数は350 万人。
「ベンモ」の特徴の1つに「即時送金」機能がある。アカウントに資金が十分に入っていない場合、直結した銀行口座またはクレジットカードから必要な額が差し引かれる仕組みが、個人間における即時の金銭受け渡しを可能にした。また、アプリに「割り勘」機能を搭載していることも特筆すべき点で、会計時に現金を持っていない人がいても、誰かが一旦クレジットーカードで支払い、他のメンバーは支払った人にその場で送金することができる。
そして、最大の特徴は「ソーシャルフィード」機能で、「ベンモ」上にいる友人同士の送金のやりとりを、Facebook やTwitter などと同様に、自分自身のタイムラインにフィードを残し、閲覧することができる。他人の金額は非表示ではあるものの「emoji(絵文字)」「Like(いいね)」「コメント」などを残すことが可能で、お金の履歴をベースに他の人々の考え方や行動を把握することもできる。全体の90% のユーザーは、自分が送金をしない日もアプリにログインし、友人同士のやりとりを閲覧しているという。
「ソーシャル」、「シンプル」、「速い」といったデジタルネイティブのミレニアル層が好む全ての機能を兼ね備えることで、同層の爆発的な支持を得たといえる。
1. 「ベンモ」を経由した決済金額は、2015年第3四半期21 億ドルから、2017 年度第3四半期には90 億ドルへと急成長した(スタティスタ社調べ)2. 「ベンモ」最大の特徴は「ソーシャル機能」で友人同士のやりとりを閲覧できること
■「決済機能」強化でマネタイズを進める
多くのスタートアップビジネス同様に、「ベンモ」にとっても設立当初の最大の課題はネット上の無料サービスから収益をあげる、マネタイズの機会を探ることであった。
同社は、2016 年、デジタルチケット購入サービス「ゲームタイム」とパートナーシップを結び、オンラインでイベントやスポーツ観戦のチケットを購入する際の支払いオプションとして「ベンモ」を指定してもらうことに成功した。共同購入したチケットは、同サービスを使用して簡単に代金を回収できる。近年では、フードデリバリーサービスの「マンチェリー」の支払いオプションも提供し、ホームパーティのケータリング費用を複数の参加者と割り勘することも可能だ。さらに、ファッションECにも広がっており、現在は、「フォーエバー21」「 J クルー」「アーバンアウトフィッターズ」「ルルレモン」「フットロッカー」「ターゲット」をはじめとする200万以上のECサイトが「ベンモ」を決済機能のオプションとして導入し始めている。なかでも「フォーエバー21」では、数百万人の「ベンモ」ユーザーとソーシャルに繫がる事が可能になり、さらなる若年層の取り込みを狙っている。
NY を拠点にするマーケットリサーチ会社イーマーケッター社のモバイルバンキングとペイメント予測によると、「ベンモ」は、2021年までに2桁の成長が見込まれている。
■米国銀行業界が提供する送金決済サービス「 ゼル」
急成長する「ベンモ」の対抗馬として登場したのが、「ゼル(Zelle)」で、30 以上の米国大手銀行などが協業して2017 年にスタートした全年齢層ターゲットのモバイル送金決済サービスだ。相手の電話番号やメールアドレスを知っているだけで、より迅速な個人間送金が無料提供される。当初は、加盟銀行の複数のモバイルバンキングアプリに直接導入されていたものだけであったが、その後、独自のアプリも登場した。2017 年度の「ゼル」によるP2P 送金額は750 億ドルで、前年度比45% 増となり、「ベンモ」による決済額を大きく上回った。
「ゼル」は、現在100 以上の銀行および信用金庫と提携し、加盟銀行の口座保有者を対象に、預金口座から数分で手数料無料の送受金が完了するサービスを提供。加盟銀行は自行口座間の取引だけでなく、他行口座への即時送金を可能にした。また、Master およびVisa カードとも提携し、デビットカードのアカウントを使った送受金をも現実化させ利用者のハードルを下げた。
「ゼル」では、アプリをインストールしてアカウント開設後、送金相手のメールアドレスまたは携帯番号を入力し、最後に送金する金額を入れるだけで操作が完了する。口座番号を相手に知らせる必要がないことも「ゼル」が注目される理由で、加盟銀行を利用している約9500 万人をターゲットに拡大を図る。しかし、若年層におけるブランド認知度においては、「ベンモ」に水をあけられているようだ。実際、学生ローン情報サイト「レンドエデュ」が2017 年7 月に行った調査によると、「ベンモ」利用者の93%は「ゼル」について「聞いたことがない」と回答し、回答者の半数以上が「今後も「ゼル」を使用しないだろう」と答えた。 さらに、「ゼル」では、他人名義で口座を開設するなどの不正利用も発生するなど、ネガティブなニュースも流れた。
3. ベンモの対抗馬として登場した米国銀行業界提供の送金決済サービス「ゼル」。信用力の高さで中高年層を中心に拡大
■送金機能を組み込んだFacebook MessengerでのP2P送金
2017 年時点でユーザー数が約10 億人に達したFacebook Messenger も、2015 年に個人間の送金サービスをスタートさせている。Facebook Messenger 経由でPayPalのP2P 送金が、付随のチャット拡張機能で送金ができるというもの。事前に銀行から発行されたデビットカードまたは、PayPalアカウントを登録し、ピンコードを設定。Messenger上でメッセージを作成する際に、「$マーク」をクリックし送金額を入力することにより手数料無料で送金が可能となる。
現在スマートフォンユーザーの40%が同サービスを使用しているといわれ、「ベンモ」を追い抜く勢いで急成長している。スタティスタ社による米国居住の18 歳以上2000 人を対象にした調査では、FacebookMessengerの個人間送金は「ベンモ」以上に信用度が高いと回答しているという。幅広く普及しているFacebook Messenger だけにこちらも今後の動向が見逃せない。
4. Facebook Messenger でのP2P 送金は、全世界で10 億人のアプリユーザー数(2017 年初旬時点)を背景に急速に普及しているもともと現金を持ち歩かない人が多い米国では、すでに46% がキャッシュレス決済を行っており、これらのP2P 決済サービスの登場によりキャッシュレス化の波はさらに加速、2020 年までにデジタルペイメントが7260 億ドルを超えると予測されている。(コンサルタント会社キャップジェミニー社とBNP パリバ銀行調べ)「利便性」「安全性」「低料金」「顧客体験」といった条件を満たすモバイルペイメントサービス競争がますます激化する中で、消費者は個々のニーズにあった多様な決済サービスを選択できる時代となった。今後は現金や小切手は縮小し、キャッシュレス、ペイパーレスな決済手段へと移行が進み、日常のコミュニケーションの中でもシームレスに完結する決済が当たり前になっていくだろう。
※1 P2P:Peer to Peer(ピア・ツー・ピア)。ネットワークに接続されたコンピューター端末同士が直接通信する方式のこと
※2 ミレニアル世代:1980 年から1993 年生まれの38 歳~25歳
※3 Z 世代:1994年から2010年生まれの8 歳~ 24歳(文献によっては1998 年以降の生まれ)