■激変するアパレル市場
生活者の購買動機を促すもの
日本国内のアパレル市場規模は、バブル景気時の約15 兆円から約10 兆円へと縮小し、購入単価および輸入単価は1991年を基準とすると6割前後の水準に下落している。一方で、供給量はバブル景気時の約20億点から約40 億点へとほぼ倍増するなど圧倒的な供給過剰状態にある。チャネル別ではリアル店舗が縮小する一方でECは増加傾向にあり、2017 年度におけるアパレルEC市場は1 兆6500 万円(前年比7.6%増)と市場全体の約11%を占めるなど、着実に成長を続けている。
既存のアパレルブランドが厳しい市場環境に直面する半面、作業着やアウトドアブランドの日常着への進出が相次ぐなど、街で着用するカジュアルスタイルが多様化し、業績を拡大させている。ファストファッションにおける商品展開でも、価格やデザインの打ち出し以外に、保温や吸汗速乾、消臭などの機能性を持つ商品ラインが好調だ。近年、生活者が商品を選択する際に、吟味したり、節約したりする傾向が進んでおり、単に価格的に安いだけでは購買する動機には結びつかない。「撥水加工してあるから雨が降っても大丈夫」、「寒い日には保温効果の高いインナー」、あるいは「未来の地球のためにエコフレンドリー」など、なぜそれを購入すべきなのか理由が必要だ。そして、商品選びの参考として、品質を客観的に評価したデータを示せることが大切になりつつある。
ECの拡大も生活者の吟味傾向を加速させている。ECでは、商品を直接手にとって素材や風合い、サイズを確認することができないため、失敗したくないユーザーはより慎重に商品の特徴や機能をチェックして自分に合うものを探そうとする。
素材の特性やお手入れ方法など詳細な商品情報、機能性などを可視化することが、消費者の利便性を高め安心して購入する動機に結びつくのではないだろうか。
■暮らしの中での課題を可視化
ユーザー目線で実証する
2018 年5 月、ユニチカガーメンテックと伊藤忠ファッションシステムは共同で、繊維素材、製品の機能性や品質を評価する機関「HC Lab」を設立した。HC Labは、「ヒューマンセントリック=人間中心」の考えで、「人々が日々の暮らしの中で抱える課題や要求を可視化し、より良いユーザー・エクスペリエンスを実現するためにユーザー目線で製品やサービスを実証すること」をコンセプトとしている。素材単体だけでなく、人が実際に素材を使用する環境を想定してさまざまな視点から実証や評価を行っており、たとえば、夏場の酷暑や厳冬期の環境を設定できる環境室では、人や発汗サーマルマネキンに衣服を着用させ、暑さおよび寒さの低減や蒸れ感なども評価している。また、冬場の通勤を想定して寒い外を歩いた後に暖房の効いた電車に乗った際の衣服内気候の変化を測定するなど、日常生活に密着した試験によって人にとっての快適さについて徹底的に検証している。また、昨今の気象事情もあり、夏場の建設現場では作業員の熱中症対策が課題となっているが、熱中症になりにくい衣料品開発も進んでおり、今後の需要の拡大が見込まれる分野だ。
運動パフォーマンスに訴求した商品評価では、腰をサポートしたゴルフパンツを着用して試打し、従来品より軸がブレにくいこと、加えて軸がブレにくいことで疲労の軽減にもなることも実証した。介護用途では被介護者の転倒時に衝撃を受けやすい部位に、衝撃を緩和するためのクッション材を入れたウエアの評価を行い、通常のウエア着用時に比べどの程度衝撃が緩和されるかを評価した例もある。
主にスポーツ用途やレインウエアで求められる撥水機能は、その試験方法や評価方法が規格で決められているため、評価値の上限を超える機能を開発しても、現状ではその優位性を謳う方法はないが、HC Lab では、撥水時の様子をハイスピードカメラで撮影し、従来、優位性を評価できなかったハイスペック機能に対しても、可視化して提供することができる。吸水機能についても、実際の吸水の様子をハイスピードカメラで撮影して可視化することで、説得力を持って優位性を説明できるため、展示会や店頭などでのPRとして活用も可能だ。
いずれも、人々が日常の中で抱える課題や要求に訴求した開発商品を、実際の使用環境であらかじめ評価し、得られた結果を画像、動画、グラフ、写真などを用いて可視化することで、客観的なエビデンスに基づく市場へのアプローチをサポートしている。
さらに、近年、若い世代を中心に環境問題への関心は高まる一方だが、それに伴いアパレル製品の評価でも環境問題対応への需要が増加している。2015 年の国連サミットでSDGs(Sustainable DevelopmentGoals/ 持続可能な開発目標)が採択され、アパレル業界では綿花栽培における農薬使用、廃棄物焼却時のCO2排出問題、染色工程での大量の水消費、マイクロプラスチック問題、労働環境など、素材開発、企画、製造、販売、回収、廃棄まですべての段階での取り組みが急務となっている。HC Lab でも、フリースの洗濯時に出るマイクロプラスチックの評価方法などを開発中で、時代の変化や消費者の要求を捉えたユーザー視点の評価の重要性は、今後いっそう高まると考えている。
■生活者に信頼される評価
次代の検査機関に求められていること
HC Labはこのほど、株式会社繊研新聞社より「2018 年度の繊研合繊賞( 繊研新聞社創業70周年記念賞)」を受賞した。受賞理由として「従来の品質保証だけでなく、マーケティングプロモ-ションなど『提案』まで踏み込んだ機関を目指している」ことを評価していただいたようだ。検査機関は、あくまでも第三者目線で評価を行うことが求められ、それが消費者の信頼を得ることにつながっている。
物性や安全面に対する品質保証に加え、機能性商品は景品表示法の観点から、その効果効能を表現するには合理的な根拠を示すエビデンスが必要であり、企業は検査機関にこの「エビデンス」取得のために測定を依頼する。
2019 年10 月には消費税率の10%への引き上げが予定され、個人消費の回復はさらに難しくなるだろう。その中で、他社との差別化のためにメーカー間の開発競争は加速することが予想されるが、ユーザーにその商品の「良さ」が届かなければ意味がない。だからこそ、ユーザー視点を捉えた評価で、その価値をいかに分かりやすく消費者に伝えられるかが、販売優位性に繋がるものと考える。
HC Labも、従来の品質保証という役割に加え、ユーザー目線の評価を行うことで、作り手と使い手の橋渡しをする役割も担い、世間に必要とされる存在でありたいと考えている。消費者が間違いのない購買を安心して行えるようなサポートをすることで、広く社会に貢献できる存在であることが、これからの検査機関に求められているのではないだろうか。
1.ゴルフパンツの腰部分につけた医療用コルセット素材が体軸のブレを抑え、同時に筋疲労を軽減することを実証した(株式会社本間ゴルフの「インビジブルスタビライザー」)
2. 発汗サーマルマネキンにより、日常生活を想定した環境下における衣服内の温湿度の変化などを客観的に評価する
3.はっ水の様子をハイスピードカメラで撮影して可視化することで、より説得力をもって機能性を訴求する
4. 専用の洗濯試験機によって生地を回転させ、染色堅牢度を判定する