フェムテックムーブメント@日本繊維製品消費科学会誌

フェムテックムーブメント
-時代の変わり目、文化が動くとき-

<はじめに>

2020年は「フェムテック元年」とも言われ、2021年には続々とこの分野への参入を検討する企業が現れ、日本におけるフェムテック市場の存在感が日に日に高まってきている。「フェムテック」は、「Female(女性)」と「Technology(テクノロジー)」をかけ合わせた造語で、女性の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービスのこと。本学会では、第44回の消費科学講座(2022年3月開催)で、「女性のウエルネス課題をテクノロジーで解決する~フェムテック~」を取り上げた。私は、本学会の事業企画委員で、第44回の消費科学講座の企画にも携わったが、当初、フェムテックの認知度はまだまだ低く、プレイヤーも多いとは言えない中であったので、講座として成立させられるか否か大いに悩んだ。しかし、大きな可能性を秘めた分野であり、消費科学講座の主旨でもある、そのテーマの本質を理解するための講座として企画するという点においては、このタイミングで取り上げるべきテーマであるとも思った。そもそも海外発進のフェムテック市場が、日本で盛り上がりを見せ始めていること、その本質はどこにあるのだろうか。新たな価値観や市場創出の裏側には、その昔から女性が抱えている様々な健康上の「秘めた」課題がある。まずはその課題を社会に顕在化させることもフェムテックが担う重要な役割であると感じる。

<フェムテックがもたらす意義>


フェムテックでは、女性の健康課題をライフステージに応じて、「生理」「妊娠・不妊」「産後ケア」「更年期」「婦人科系疾患」「セクシャルウエルネス」の6つのカテゴリーに分けている。中でも生理分野は特にプレイヤーが多く、また更年期分野もかなりの伸び代を持っているとされている。いずれの健康課題も、女性なら誰でも同じレベル(強度)で起こるわけでもなく、女性同士でも日常的な会話の中に、自身の健康課題について話題にすることは、さほど多くない。中でも、女性にとって一番長く付き合う生理は、ほぼ毎月一度は向き合うものでありながら、痛みや不快と人知れず付き合い、何とかやり過ごしていることは多いのではないだろうか。日本人の我慢強さや、古くからの慣習で、生理の話題を積極的に声に出すことは躊躇われ、タブー視されてきた。生理休暇も、女性上司には言えても、男性上司だと言いづらいとか、生理中でも量の多い日は、濃色の服にしよう、とか、白い椅子に長時間座るのはちょっと不安、といった、「秘めた」悩みはたくさんある。でも、あえてその悩みを口に出す女性は少ない。そもそも「悩み」とも捉えていないからだ。
最近、サニタリー商品の新しい選択肢として、吸水ショーツが話題になっている。繊維製品は、一般の生活者にとっても、日常的に接点のあるものであり、このような身近なプロダクトの登場は、タブーをメジャーに変え、新しい価値観を広げていくために、大変有効な手段の一つであると考える。日本のサニタリー文化は、ナプキンが初めて登場してから約60年、大きな変化を遂げていない。もちろん、この間、ナプキン自体は、肌に触れる表面素材、経血を吸収する吸収剤の機能、薄型の登場等、様々な研究開発のもとにその性能は向上し、女性の生理期間中の快適性を支えてくれている。一方で、吸水ショーツの登場は、女性のサニタリー文化に新しい選択肢を与えてくれる存在であり、新しい文化の始まりをも感じさせてくれる。

<女性のQOL(Quality of Life)の向上と社会進出>

日本の全国会議員の中で、女性議員が占める割合は14.4%*1、衆議院の女性議員だけで見ると9.9%*1で、日本は190カ国中166位*1だそうだ。日本の有権者数は、51.7%*1が女性であることを考えると、政治への女性のさらなる参画は、民意のより精度の高い反映に極めて大きな要素であると言える。先日の第26回参議院選挙では、立候補した女性候補者数は全立候補者数の33%*2、当選した女性議員数は全体の28%*2といずれも過去最高となったようだ。ジェンダー・ギャップ指数が極めて低い政治参画分野において、少し明るい話題と言える。また企業で見ると、上場企業における女性役員の数は、依然7.5%*1という実態。2012年~2021年の9年間で約4.8倍*1になってはいるものの、諸外国と比較しても日本の低さは否めない。企業には、女性が活躍できると利益率が高まったり、役員に女性がいる企業はパフォーマンスが高い傾向にある等のメリットもあり、女性活躍の状況が投資判断でも重視されているという分析結果も出ている*1。一方、女性役員の社内登用に関する主な課題や、登用に向けた取組の中で障壁となっているものとして、そもそも女性社員が管理職を希望するケースが少ない、上位職のロールモデルが少なくイメージしづらい、ワークライフバランスに対する課題なども挙げられている*3。これまでの社会構造から、女性も男性と同じように頑張らないと認めてもらえないのではないか、という認識が少なからずある。それに加えて、ライフステージに応じた健康課題が存在することも事実であり、フェムテックの普及が、生物学的な性差を社会が理解し、働く女性のQuality of Lifeが向上することに寄与することを願う。そしてそこから社会や経済へのポジティブな効果が生まれていくことを期待する。

<最後に>

フェムテックの存在感の高まりとともに、昨今、男性の健康課題に寄り添った新たなプロダクトも登場してきており、今後の普及が注目される。ジェンダー平等といっても、「生物学的」な性は必ず存在し、個体としての生理機能に違いがあることに変わりはない。また、更年期のように男性でも女性でも向き合う可能性がある健康課題もある。性差による「違い」を「違い」として受け入れ、理解し、お互いを思いやる気持ちや、相互理解、配慮が欠かせないと感じる。そして、男女問わず様々な選択肢が広がり、自身の希望をかなえられる「選択」ができる社会になることを期待する。フェムテックムーブメントは、ビジネスライクかもしれないが、きっかけは何にせよ、世の中の注目を浴び、少しでもお互いの「性」に対する意識を刺激するものになれば、良いのではないだろうか。

*1:内閣府男女共同参画局 女性活躍・男女共同参画の現状と課題(令和4年7月)
*2:第26回参議院議員通常選挙結果調
*3:内閣府男女共同参画局 令和3年度女性の役員への登用に関する課題と取組事例

※日本繊維製品消費科学会誌8月号「時辞刻告」にて掲載


著者情報

伊藤忠ファッションシステム(株)HC Lab(繊維技術室)プロジェクトマネジャー 繊維製品の試験検査、品質管理業務に従事。測定データをユーザー目線で可視化するHC Lab(Human Centric Lab)を立ち上げ。 奈良女子大学生活環境学部生活環境学科アパレル科学専攻卒。2013年より日本繊維製品消費科学会事業企画委員、2022年より同副委員長。 技術士(繊維部門)、繊維製品品質管理士(TES)

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