サステナビリティを本質的に紐解く
2015年、地球全体の共通目標としてSDGs(Sustainable Development
Goals :持続可能な開発目標)が国連サミットで採択され、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)でパリ協定が合意されて以降、私たちの身近でも「サステナビリティ」という言葉を耳にする機会がふえた。
本誌読者のみなさまのなかには、サステナビリティをすでに事業に組み込まれている方も多くいると思われる。その一方で、CSR活動の域を脱せず、どこまで踏み込むべきか、决めかねている経営層のみなさまも多いと推察する。
本稿より開始される連載「ifsインサイト サステナビリティ戦略アップデート」では、サステナビリティを本質的に紐解くにあたり、環境・社会面での国際動向やそれに伴う消費者意識の変化を洞察し、読者のみなさまの持続可能な企業戦略構築への道標となることを目指していく。
〝共通の未来〞へ動き出した世界情勢
第一回目はアイスブレイクも兼ねて、変化する世界情勢を概観し、変革が求められる背景について触れていきたい。
●地球規模で協力する必要性
国連によると、50年には世界人口は98億人になると推計されている。人口増加に伴って消費する資源の量も増加することから、現在のペースで経済活動が維持されると地球環境が崩壊の危機に瀕すると、科学者たちがほぼ一致した認識をもっている。
こうした状況を解決するためには、経済活動がプラネタリーバウンダリー(地球の環境容量)の範囲内で、社会的責任を担保しながら存在し続けることが人類の共通課題である。
●経済・社会の前進には環境が第一の土台
サステナビリティ戦略の実践には環境・社会・経済の関係変化を構造的に理解することが必要である。
おおまかに捉えると、00年代までは企業が環境価値や社会価値を考える際、CSR活動の一環として捉えるか、自社都合の経済的視点でトレード・オフとして捉えていたケースが多い。
10年代に入り、経済の発展は社会、環境の良化が前提であること、この3者をシナジーとして捉えることが重要な視座となり、この傾向はここ数年でますます加速している。なかでも、環境負荷のスピードを緩めていかないと生命の維持が危機に瀕することから、環境が第一の土台として考えられるようになっている。
●レスポンシビリティ
経済活動による環境負荷拡大の速度はすでに地球の自浄作用キャパシティを超越していると先述したが、その主な環境課題は「CO2濃度、気候変動」「水質汚染・水不足」「廃棄物、資源循環」「生物多様性」に大別することができる。
「資源は無限にある」「外部不経済は誰かが負担する」という考えはすでにスタンダードではなく、企業が環境に対しレスポシビリティをしっかりもつように、社会の目線がより厳しく変化してきている。その背景には、現在のビジネスの仕組みが大量廃棄の消費形態、気候変動や海洋プラスチック汚染、熱帯雨林や生物多様性の破壊といった負の外部性を多くもたらしていることがある。
●共通の未来
15年に採択されたSDGsは参加した193か国すべてが合意した歴史的全会一致で共通の未来に進むことが合意形成された類を見ない目標である。設定された17の目標は「一体で不可分」であり、経済(カネ)・社会(ヒト)・環境(地球)視点が、各目標のなかにおいても混ざり合っている。「誰一人取り残さない」というコンセプトメッセージが表わすように、前身となったMDGs(Millennium Development Goals :ミレニアム開発目標
※1)の進化形として、先進国でも広がる格差問題や相対的貧困に焦点があたっており、SDGsにおいても「ヒト」の課題は最重要視されている。
目標ベースのガバナンスは、30年からバックキャストさせる手法で、現状の改善を積み上げるアプローチとは逆に“変革(破壊)”を前提にしていることがわかる。
SDGsはソフトローにあたるため法的義務はないが、4年に一度、定量・定性面での評価が求められており、「SDGsウォッシュ※2」を防ぐためにも具体的な解決を計測することに重点をおいている。
● SDGsはその先の世界が想定されたマイルストーンである
オランダは50年までには完全にサプライチェーンを循環型に移行する目標「C i r c u l a r E c o n o m y i n t h e Netherlands by 2050」を16年に発表した。EUは欧州グリーンディールを19年に発表し、「50年には、温室効果ガスの排出が実質ゼロとなり、経済成長は資源使用とは切り離され、自然資本が保護・拡充され、市民の健康と福祉が環境関連のリスクや影響から守られること」を目指すとしている。
日本も温室効果ガス排出量を50年までに実質ゼロとする目標を宣言し、また内閣府が発表した50年までのムーンショット開発計画、6G実現による「SOCIETY5.0」など、SDGsを前提とした社会計画が発表されている。
●取引にも直接影響
国際的イニシアチブの動向が活発化し、グローバルで展開する企業を中心に賛同する流れが強まっている。地球全体で抱えている問題は国家間の連携でも解決ができず、国境や利害関係を超えて包括的に協力し解決することが重要なためだ。さらに、取引に関する共同声明や法規制にまで及ぶものも散見され、これらの動向は国際間の取引に直接影響を与えることが必至だ。今後はビジネスの競争環境においても、サステナビリティを有するかどうかが一つの判断基準になると考えられる。
●重要度を増す非財務諸表
SDGsを契機として、投資家が企業価値を計る際、これまで以上に非財務情報を重視する傾向が強まっている。長期的な企業価値を見定めることが目的であるからだ。その情報開示のフレームワークも誕生しており、アメリカのSASB(サスティナビリティ・アカウンティング・スタンダード・ボード)が定めるGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)、TCFD(気候変動関連財務情報開示タスクフォース)などがその代表例である。
こうした動向は投資のモチベーションに限定せず、ビジネスの取引条件や、消費のプライオリティバランスにも影響が拡大すると考えられる。
市場から求められ続け、社会から信頼され続ける企業へ
本稿では大きく変貌する外部環境のなかで、企業はどのように適応すれば生き残れるか、市場から求められ続け、経営資源を継続させ、社会から信頼され続けるにはいまどういった視座をもつべきか概観してきた。長期的に収益性を向上させるには、ソーシャルグッドと環境対策を前提とすべき視点やヒトが中心であることも触れてきた。
善行が利益を生むというフィロソフィーは、日本人の中心にある考えだと筆者は認識している。コストベネフィットの時間軸を変えて、サステナビリティを本質的な“追い風”として捉えられた企業が、今後成長していくと見積もっている。
なお次回は、SDGsによって高まるサステナビリティ機運をうまく活用し、海外の枠組みに合わせていくことを前提とするのではなく、内発的に開花させる「日本流サスティナビリティ」などの具体策についても触れていきたいと考えている。
最後に、ぜひ読者のみなさまには、実際にSDGsの169のターゲットを確認していただくことをおすすめする。案外、自社の創業理念や強みと重なるところが多分にあることに気づかれるはずである。
※1 00年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられた開発分野の目標。15年までに達成すべき目標として、「極度の貧困と飢餓の撲滅」など8つを掲げた
※2 実態が伴っていないにもかかわらず、あるいは実態以上に、SDGsに対する取組みを行なっているように見せかけること
著者情報
ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。
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