「人権問題」は 日本の感覚を一旦横に置く
これまでの連載で気候変動リスクへの対処を企業のサステナビリティ戦略の最重要視点に掲げてきたのは、SDGs目標の多くに梃子として効いてくるためである。
今日のグローバルの社会情勢は、新型コロナウイルスやウクライナ紛争など見通しづらい問題が複層化し、その影響から市場メカニズムが反応し急激な資源価格の高騰や食料需給に過度なストレスを与えている。さらにグローバル経済の中心である米国ではコロナ発生時に実施された量的金融緩和の影響から、1970年以来となる急激なインフレーションを抑えることにFRBが苦戦しており、未曾有のペースでの金利介入、量的金融引締(QT)を宣言しつつ、一時的な景気後退(リセッション)を受け入れることでソフトランディングを企てている。
こうした社会・経済環境の変化に対し日常生活で最初に大きく影響を受けるのは生活必需品の価格変動や雇用の影響を受けやすい貧困層や低所得層である。直接的な因果関係は紐解けないものの、これまで改善傾向にあった、本来教育を受けるはずの児童労働者数もついに2020年に増加に転じてしまっている ※注1。
こうした目の前の危機にはだかる貧困や人権問題について、近年グローバルでは法制化が急速に進んでいる一方で日本のナショナルプランは先進国のなかで24番目と出遅れているという現状がある。
日本では人権という言葉を「厄介な問題」と捉える傾向にあり、国際社会全体で起こっていることを理解するには日本の感覚を一旦横に置くことを推奨する。
本稿では、今後経営者が急速に予見可能性を高めるべき視点として人権問題や労働環境のデューデリジェンス(以下、DD)について、国際動向と法制化に向かう日本政府の動向をポイントアウトしていく。テーマの特異性からできる限り客観的事実を伝えるため、公開されている資料を意訳せずに展開していく。
1.法制化を進めてきた国際動向
・国連が発表した行動基準
11年の国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則」が支持され、人権の尊重は、すべての企業に期待されるグローバルな行動基準であるとされている。
指導原則は、ビジネスと人権の関係を、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセスの3つの柱に分類し、被害者が効果的な救済にアクセスするメカニズムの重要性を強調している。この発表により国別行動計画を作成することを各国に推奨し これまで、20か国以上が行動計画を公表してきた。
・EU企業によるDDガイダンス
21年7月、欧州委員会・欧州対外行動庁(EEAS)がEU企業による活動・サプライチェーンにおける強制労働のリスク対処に関するDDガイダンスを公表した。強制労働のリスクの特定・抑止・緩和・対処に関する具体的かつ実践的なアドバイスを提供し、企業がバリューチェーン上から強制労働を撲滅するための能力強化を図ることを目的としている。
・EU企業持続可能性DD指令案
22年2月、欧州委員会は一定規模の企業に対して人権および環境に関するDDを義務化する「企業持続可能性DD指令案 ※注2」を公表した。 また、同時に公表された文書において、強制労働関連産品の上市禁止に関する立法手続きの準備を進めることを表明した。
・先進国における関連法令
先進国は一定規模以上の企業に対し、人権DDやその開示・報告を義務づける法律を制定もしくはすでに導入している。
15年イギリス「現代奴隷法」
奴隷労働と人身取引に関する取組みの開示を義務化
17年フランス「企業注意義務法」
大企業の人権・環境DDを義務化
18年オーストラリア「現代奴隷法」
奴隷労働と人身取引に関する取組みの開示を義務化
19年オランダ「児童労働DD法」
ただし未施行
21年ドイツ「サプライチェーン法」
人権DDを義務付け。23年1月より適用
2.検討が進みだした国内動向
・「ビジネスと人権」に関する行動計画
日本では、「ビジネスと人権」に関する行動計画に係る諮問委員会/作業部会での意見などを踏まえ、20年10月、関係府省庁連絡会議において行動計画が策定された。
・企業の人権に関する取組状況調査
21年経済産業省が実施した企業の人権に関する調査では、人権DD ※注3 の実施率は回答企業の約5割と低位にとどまっており、政府への要望として、ガイドライン整備を期待する声が多くあがった。
・ガイドライン策定に向けた検討会
22年経済産業省はサプライチェーンにおける人権尊重のための業種横断的なガイドライン策定に向けて検討会を立ち上げた。適切な取組みを行なう日本企業の評価、諸外国への働きかけ・国際協調を進め、企業が公平な競争条件の下で積極的に人権尊重に取り組める環境、各国の措置の予見可能性が高まる環境の実現に向けて取り組んでいくことを目的にしている。
以上が22年6月初旬現在の国内の状況である。
3. 人権問題は2030年の日本でも一丁目一番地となる
日本の人口は08年の1億2808万人をピークに減少に転じ、30年には1億2000万人を割り込む。一方でアジア新興国の中間層以上の人口は14年の約20億人から30年には約35億人に増加する見込みだ。アジアの中間層は世界経済を牽引する消費者になることが予見できる。アジアにおけるアウトバウウンド市場で国内産業の持続可能性を高めることがより需要になる。
さらに日本は超高齢化社会が引き起こす「2030年問題」に直面する。団塊の世代が80歳を超え、団塊ジュニア層も50歳代後半になり、人口のボリュームが大きく高年齢層に偏る。人口の30%を超える約3700万人が65歳以上の高齢者となることで、労働力人口の減少、GDPの低下、過疎地域の増加、地方と都市部との経済格差拡大などが危惧されている。
人口減少に伴う労働力を外国人に頼る動きが加速する可能性もあり、ジェンダーや民族的・宗教的マイノリティへの配慮がより重要になる。さらに都市部においては、外国人も新たな消費者層になり得ることが考えられ、インバウンド市場獲得の視点においても、人権や労働環境は避けられない問題である。
4.環境・社会・経済は一体にして不可分
サステナビリティを考えるうえで、気候変動リスクが社会・環境・経済の多くのマイナス因子に深く関わりをもち、紛争や貧困をもたらし文明の存続をも危機に晒すことはこれまでも述べてきた。複数の異なるマクロの課題に対処するには「イシュー・リンケージ」を意識した着眼点をもち戦略を組み合わせることがこれまで以上に重要になるであろう。
また日本が国際社会でイニシアティブを握れるか、この問いには、この夏に発表されるガイドラインが一貫性を確保し、社会全体の人権保護を促進する内容になっているかが足掛かりになるであろう。
次回以降もこの問題を取り上げ、タイミングを計り、DDの具体的スキームやおそらく最重要となるサプライチェーンサイドと共有するコードオブコンダクトについてふれていく。
※注1 「児童労働」……義務教育を妨げる労働や法律で禁止されている18歳未満の危険・有害な労働(出所:国際労働機関(ILO)「Global Estimates of Child Labour :
Results and Trends」)
※注2 「指令(directive)」……各EU加盟国に対して一定の裁量を認めつつ国内立法手続を求めるものであり、各国に直接適用される「規則(regulation)」とは異なる
※注3 人権DD……企業活動における人権への影響の特定、予防・軽減、対処、情報共有を行なうこと
※上記「サステナビリティ戦略アップデート 第7回」の内容は『月刊レジャー産業資料7月号』 にて掲載
掲載元 / 綜合ユニコム株式会社 : https://www.sogo-unicom.co.jp/leisure/