サステナビリティ戦略アップデート             第8回「収益性と社会・環境価値を伴う脱炭素経営ビジョンの見つけ方」  ifs未来研究所 山下徹也

■「共通の未来」は脱炭素経営の羅針盤

6月号では、脱炭素経営シフトにあたり、国際動向把握、カーボンマネジメントの重要性、外部環境の蓋然性低下に備えた複数シナリオの重要性、脱炭素経営のリスクや機会を説明させていただいた。また、脱炭素経営シフトの進め方の一例としてフレームフロー(図表1)で全体を展開し、フレーム01(図表2)では、国際間の枠組みが及ぼす影響、未来の社会情勢予測等、基礎情報をインプットし、既存コア事業と脱炭素の重なる点を大局で捉え、社内全体で目指す将来のゴールイメージを描くフレームを紹介させていただいた。
本稿ではフレーム02(図表3)の一部を抜粋し、その考え方や背景に触れていきたい。少し聞き慣れない言葉も使用させていただくが、今後脱炭素に取り組む際に頻出する言葉でもあるのでぜひ聞き慣れていただけると幸甚である。
フレーム02は、主にフレーム01で実施した大まかなビジョンを戦略に落とし込むフレームである。ゴールイメージの解像度を上げるためには、「自社のパーパス」「過去・現在のビジネス評価」「成長戦略」「持続可能性」「人材や仕組などの経営資源」を、ロジカルなストーリーに組み込む必要がある。


■重要度が増すダブルマテリアリティ

これまでの連載でも繰り返してきたが、自社の事業が社会・環境とどう関係性をもつのか、その成長機会とリスクを把握し、戦略の強靭性を高めることが重要である。
戦略の策定に至っては、社会環境の変化が自社のビジネス環境に与える重要課題(シングルマテリアリティ)と自社の事業が社会・環境に与える重要課題(ダブルマテリアリティ)の2つの軸で整理することが近年重要視されるようになってきている。
その背景に触れると、日本でも情報開示において多くの企業が採用している統合報告書の目的や開示項目に焦点を当てると読み解きやすい。
国際市場において組織の価値創造に関する議論が2011年頃、当時の国際統合報告評議会(IIRC)ディスカッションペーパーを公表した頃から本格化し、13年には国際統合報告書フレームワークが発表された。これを契機に投資判断は短期的な利益だけでなく、持続可能性が重要視されはじめ、長期的な投資スタンスが兆候として現れはじめた。統合報告書の〝開示対象〞は投資家に限定せずステークホルダー全体、〝開示項目〞は財務諸表と社会・環境などの非財務情報を関連付け長期にわたり組織がどのように価値を創造するかが重要視される。開示によって企業は、資金調達の効率化、信頼獲得、レピュテーション向上、人材確保等が促進される。なかでも実務上の観点でいえば、統合報告書はトップメッセージが込められたオリジナル憲章として社内の対話にも有用であることを付け加えたい。
経済的課題だけでなく、社会・環境課題と企業価値の因果関係を捉えて、マルチステークホルダーを巻き込み経営していくことの重要度が高まっているのである。

■変革の方向性を定める脱炭素版戦略マトリクス

ここからは、経済合理性、実務的観点から社会課題解決でマネタイズするための事業の方向性を整理するフレームワークを紹介する。図表4は当方が考案したものである。ぜひ皆様にも自社の事業を整理する際にご使用いただきたい。
縦軸は稼ぐ力、横軸は社会・環境価値を表している。現在の事業を4象限に区分けすると多くの場合、既存ビジネスはP象限、新規ビジネスはL象限に位置し、また昨今ではV象限を立ち上げたが「収益化の目処が立たない」ために継続すべきか悩まれているのではと推察する。
筆者が企業からの相談を受ける際には、まず第一にPの成長機会や今後のリスクをシビアに見積もる。次にPをPVにシフトさせる戦略の検討だ。最も稼いでいるビジネスや商品で環境良化に貢献する。このようなビジョンが組織に腹落ちし、経済合理性が伴えば成長機会だけでなくブランド価値や従業員価値向上につながる可能性を秘めているからだ。
一方でその事業が直接的にパーパスに結びつかなくても、キャッシュの安定的な創出や、V象限へのリソース提供など、間接的な貢献があることも移行期間は考慮する必要がある。
次に、V象限に位置するビジネスに関しては、収益性が上がらない理由をいまある情報で一旦結論づける癖をつけ継続か軌道修正か、事実に基づき判断いただくことを助言する。仮説を検証するための種まき段階が理由か、プロダクトアウト思考になっていないか、伝え方が間違っていないか、顧客を理解しているか、価格が消費の受容性の範囲を超えていないかなど、内部・外部環境の視点で分析する。
またV象限で散見されるのが、事業側と経営側の認識にずれが生じ、戦略の実効性が低下している場合である。このケースのほとんどの場合、事業側の要因よりも経営ビジョンの伝わり方の齟齬や不達のほうが多い。V象限のビジネスがブレイクスルーするためには、的確なタイミングで社内コンセンサスをとる以外にも、将来の顧客を洞察する分析思考、情報強者となるネットワーク構築など、超えなければならない要素が多分にある。経営はV象限の事業をサポートする姿勢で継続的な対話やリソース配分の最適化などをお願いしたい。Vに位置するプロジェクトがPV象限にシフトすることで新たな顧客創造、事業ポートフォリオの拡張、レジリエンス強化、既存事業との相乗効果などが想定できるからである。



■共通の未来を経営と社員で腹落ちするまで描く

脱炭素シフトは新しいことをゼロからスタートするのではなく、自社と社会・環境にとって重要課題となる要素は何かを見つけ、ビジネスの視点から顧客のより良い未来を創造することからはじまると筆者は認識している。
先の読みづらいビジネス環境に備え、経営と社員がパーパスを磨き上げ、ビジョンを腹落ちするまで対話することは脱炭素経営にも重要である。

※上記「サステナビリティ戦略アップデート 第8回」の内容は『月刊レジャー産業資料9月号』 にて掲載
掲載元 / 綜合ユニコム株式会社 : https://www.sogo-unicom.co.jp/leisure/


著者情報

ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。

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