株主至上主義の欧米型企業のように、そもそもCSRとビジネスをトレードオフとして考えずに自然にサステナブル経営を実践してきた企業が信頼を形成し日本を支えてきたと認識している。その一方で日本企業の競争力に目を向ければこの30年は経済成長という観点では優位性を失った時代であった。成長や収益化の重心がハード(製品中心)からソフト(体験)に移行するなかで、日本型ビジネスはイノベーションのジレンマに陥り時価総額も棚のシェアも低下した。
今後はさらに先が読めない不確実な時代に突入するなか、このまま思考を停止すれば世界からさらに遅れをとるリスクも大きくなる。日本ならではの利他的視点をもちながら成長が期待されるグローバル市場で、社会や環境課題を解決することで自社の収益に変換するモデルをつくり上げることがますます重要になる。
イノベーションは技術革新という一義的意味合いでなく、生活者に浸透し、はじめてその意味をなす。換言すれば実際には生活者が「価値あり」と感じ行動変容しなければ意味をなさないであろう。
本稿では成長するグローバル企業の活動から、「人の心を動かす」という観点で学べることはないか、みていく。
■生活者の行動変容が鍵
2022年7月にアメリカ・ニューヨークで開催されたSDGs国際有識者イベントに筆者も登壇者として参加してきた。
世界的環境学者で慶応義塾大学政策・メディア研究科蟹江憲史教授のXSDGsコンソーシアムチームとしての参加である。蟹江教授がファシリテートし、日本企業(敬称略)では当社とJAL、現地企業ではシティグループ、アカデミックセクターとしてはメリーランド大学教授とのパネルセッションとなった。
SDGs達成に向けティッピングポイントは法律などのルール形成や消費者の行動変容が重要であることを議論し、国や領域の枠を超えた連携の重要性を確認する機会となった。
ここからは生活者の行動変容という視点でニューヨークのストリートから感じたことに触れていきたい。
■Uberの「利便性と接続性」
パンデミックの影響もあり渡米は3年ぶりということもあるが、日本より日差しや体感気温が高く、革靴にマスクをしているスタイルはストリートや地下鉄ではさぞ浮いていたことであろう。移動にはそこそこ地下鉄を乗り継いたのだが、以前のアプリがまだ残っていたため、旅程中Uberには大変お世話になった。
利用者がタクシーを選ばずにUberを選ぶのは、「早くて安くて便利」なのが理由だがそれを支えているのは「利便性」と「接続性」に尽きる。アプリ上で価格、到着・待機時間、経路、ドライバーの評価、車種などの情報が事前に確認できる。会話をするかどうかも選べるので車中は快適な移動空間であり、決済がオーダー時に完了するため会計の手間もない。Uberは車を一台も保有することなくデジタル技術によって配車サービスを実現しマーケットに変革を起こしていることをあらためて体験した。さらにその仕組みを使い、デリバリーサービスを実現しコロナ禍のような社会システムが崩れるときも競争力を高めた。まさに製品から体験に提供価値をシフトさせたビジネスである。行動変容を情緒的でなく機能的に促進した意味ではベストプラクティスである。
■テスラ、グーグルが提供している社会課題解決とライフスタイル
グローバルに成長している企業は骨太な社会理念を掲げそのビジョン、製品、体験価値に一貫性を備えているケースが多い。電気自動車ブランドのテスラは気候変動リスクという地球全体の課題に真っ向から勝負し、化石燃料に頼らない社会の実現を目指し、自動車産業をわずか10年で再定義しようとしている。環境課題と産業課題のリンケージが明確でテスラが目指す未来にユーザーが共感し、顧客は選び、推奨し、スタイルに取り入れる。
■購入後もライフスタイルを魅力づけるエクスペリエンス
ユーザーには環境課題へ主体的に参加している価値を提供し、そのイメージ形成やアイデンティにも寄与する。未来価値を感じる製品としてのデザインにも優れ、ボンネットにエンジンはなく、運転席のコマンド類はモニターがあるだけで極限までシンプルに削ぎ落とされている。安全性能やスポーツ性能においても他社に引けをとらない。オンラインでのテクニカルアップデートが可能であり充電する行為そのものも体験価値につながる。バッテリーメンテナンス費用や充電設備など解決すべき課題とオフセットしても、テスラは購入後も顧客を飽きさせないのだと思う。電気自動車=テスラという構図を築きつつも、ユーザーの審美眼やライフスタイル全体をインテリジェンスにアップデートするブランドである。
■自律分散型組織で社会課題を解決する
グーグルの創業者ブリン氏は、マネタイズよりも良いものを先につくることを重んじ、製品や技術で社会課題を解決することを現場に根付かせている。もう一人の創業者であるラリー・ペイジ氏はインフラ整備などに参画することで長期的な視座で社会課題に取り組むことに力を注ぐ。グーグルの社員はこのトップの思想のもと、誰もが自由な発想でビジネスを立ち上げ自律分散型な組織を実現している。
今回の出張でチェルシー地区にあるグーグルストアに訪問する機会があった。アップルストアよりも人間的で居心地がよい空間のためか、お土産選びに困っていたので思わずグッズを買ってしまった。購入したのは愛犬へのほっこりしたプレゼントである。情緒的に訴えるものがあったのだ。
グーグルやテスラのようなグロース企業の製品やサービスに心を動かす理由は何であろう? 私は小手先の戦略ではなく、腹を据えた目的が一貫して伝わってくることにあると思う。
パーパスが製品やサービスに滲み出てくる一方で、顧客に対しては壮大なビジョンを一緒につくりあげませんかとフレンドリーにそしてナラティブに語りかけるようである。
■共創バリューエクスペリエンス
企業ができることや伝えたいことだけをコミュニケーションしているうちはプロダクトアウト思考に陥りやすく、マーケティングの手法も欲望喚起型に傾向する。
顧客が「価値あり」と思うことを提供すること、ビジョンを共有し背景を可視化するなどブランド全体のストーリーを伝え、かつ顧客との関係性を大切にすることが「生活者の行動変容」には重要だ。
■立ち位置を明確にし、ビジョンを生活者と実現する
国際イニシアティブの動向をみていても企業間の取引においては、企業活動から製品の背景まで「透明性」を高めることが求められはじめている。サプライヤーエンゲージメントの考え方や製品単位の環境負荷を透明化するライフサイクルアセスメントのトレンドが今後はさらに強くなると捉えている。
これらの把握(計測)方法や表示にはロジックやルール形成が追いつかず、しばらくはハンズオンの状態が続きコストや時間を要すると考えられる。その報いを将来的に最大化するためにいま私たちがぜひ力を入れたいのは、外部環境を把握し自社の立ち位置を明確にし、共通の未来をつくり上げる仲間をつくることである。
日本企業には世界の羅針盤となる先人たちが築いたDNAが埋め込まれている。日本はもう一度世界をリードする存在になれるはずである。
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本稿ではサステナビリティ経営をこれまでと少し違った視点から考察してきた。読者のみなさまの日頃の経営に敬意を払い、本稿が一助になれば幸甚である。【ifsからお知らせ】
2023年春より、多様なステークホルダーからの参加者が連携し、 「未来に向けた豊かさの持続」 のためのエコシステムを作り上げる、会員制の共創プラットフォームを立ち上げます。詳細情報はifsの本HP上で公開いたしますので、ぜひご期待ください。