サステナビリティ戦略アップデート
最終回 サステナビリィ連載2022年の振り返り         ifs未来研究所 山下徹也

この連載を開始して一年、ビジネスシーンだけでなく日常生活でもサステナビリティという言葉を口にし、耳にする機会がふえた。読者のまわりはいかがだろうか? SDGsに向けた企業のビジネスの変容も生活者の行動変容も夜明け前なのかもしれない。
ビジネス環境は、新たなパンデミックリスク、ウクライナ紛争に代表される地政学上のリスク、中国の不動産デフォルトリスク、そしてこれらがドミノ状に連鎖するリスクなど、相変わらず不確実性が高い状況が続いている。一方で世界的な金融リスクとして捉えられていた米国の過度なインフレ懸念が11月発表のCPI(消費者物価指数)から一段落することがみえてきた。食料品・エネルギーを除いたコアCPIでも前月からの予測を下回り、FRBの金融引締、金利施策が見通しやすくなったことにより、日米金利格差が原因であった為替も一気に円高にふれた。相関性の高い諸外国、日本市場も少し落ち着きを取り戻すはずである。
本題である気候変動リスクはIPCCの第6次報告書を確認しても「待ったなし」であり、新たに生物多様性保護の課題も実態把握が進みはじめ、TNFDを中心とした国際フレームワークを通じて要求項目が議論されはじめている。地球のキャパシティは限界がみえてきており、状況が芳しくないのだ。そうした動向を受けて、国連UNDPは企業のSDGs貢献に向けたガイドラインとしての「SDG Impact」を発信した。このことにより「自社の考えで、できる範囲でSDGsに取り組んでいる」マイペースで独自基準のアピールができる時期は過ぎたといえる。
環境・社会課題の悪化因子が市場メカニズムによって引き起こされており、企業だけでなく国や自治体、産業全体レベルでシナリオを設計し、より戦略の強靭性を高めることが重要となってきた。
今回で最後となる本連載はそうした視点の一助となるべく執筆してきたが、いまからは棚卸しも含めて一年間を少し振り返っていきたいと思う。


第1回 なぜいま、サステナビリティ戦略か
主に国際動向を中心に、SDGs、ESG、CSVなど基礎情報を展開した。市場から求められ、社会から信頼され続ける企業として今後も存続するためのベースラインの共有であった。

第2回 未来思考型「日本流」を世界に示す好機
国際社会からの外発的要求への対処としてではなく、従来から日本企業が持続するために大切にしてきた価値観を世界で活かしていく視座、自社の強みを中心に置くことの重要性、市場環境の不確実性、戦略の強靭性、複数シナリオの必要性などを説明した。

第3回 インクルーシブインパクトの考え方
先行きが不透明な時代の課題解決のあり方として、ステークホルダーと協働するモデルを、米国の事例と比較し経済価値に重きを置いた観点からフレームワークの有用性を説明した。

第4回 ファッションを愛するすべての人へ
ファッション産業の新たな動向をインクルーシブインパクトの事例として展開した。ファッション産業は時代の特徴をいち早く表す産業であり、生活者接点も多いことから、産業が異なる読者にも参考になればと考え、解説した。

第5回 国際動向から読み解く脱炭素化
「脱炭素」について、国際動向からみる日本企業のビジネス機会を織り交ぜ、企業が脱炭素化に舵を切る際の、認識すべき前提、プロセス、体制面など留意すべき点を解説した。

第6回 脱炭素経営のはじめ方
情報の整理として、環境戦略でイニシアティブを握ろうとするEUの思惑、国境という概念ではなく価値観を重要視するグロース企業の視点、米国覇権に対抗するかたちで脱炭素とテックで世界最大規模の経済圏を狙う中国が企てる「新脱炭素型シルクロード」などを概観した。日本の展望として経済の実務化の観点も採り入れ、諸外国と覇権争いをするのではなく、要諦として成長するアジア市場でいかに脱炭素分野で貢献できるかを考察した。

第7回 ビジネスと人権に関する世界および日本の動向
今後経営者が急速に予見可能性を高めるべき人権問題や労働環境の是正について、国際認識と日本政府の動向を比較してきた。温室効果ガスと違いオフセットができない課題について、対処しないとコストになり、いますぐ企業が変容することが求められる課題であることを説明した。さらに今後は環境対策がそうであったように、人権問題への対処がビジネス市場を生み出すとして、次の経営アジェンダになる可能性を説明した。

第8回収益性と社会・環境価値を伴う脱炭素経営ビジョンの見つけ方
第6回の続編として脱炭素時代の経営ビジョン策定について解説した。「自社のパーパス」「過去・現在のビジネス評価」「成長戦略」「持続可能性」「人材や仕組などの経営資源」を、ストーリーに組み込む方策を説明した。

第9回 気持ちを動かすのは揺るぎないビジョン
日本ならではの利他的視点がグローバル市場でのプレゼンスを高められる可能性について考察してきた。またグローバル企業の事例から、日本企業がいま苦戦している「人の心を動かす」という観点で学べることはないか、米国のテスラ社とグーグル社を例に取りながら、経営ビジョンや顧客体験の築き方が顧客の行動変容にどう因果関係をもつのか解説した。

第10回 バリューエクスペリエンスを設計し生活者の行動変容につなげる
「生活者をどのように巻き込むか」、行動科学など学術的視点、ブランディング視点の2つの視点から課題を特定するとともに、その解決の方向性を提案した。

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多くの読者の皆様が主戦場としている生活者の移動に伴い収益化される市場は冒頭に述べたように、外部環境リスクの影響を受けやすく、さらには国の対応や政策などにも人流を左右されがちであることから、これまでの指数や趨勢がそのままでは通用しなくなってきていると推察している。
今後も当社の研究では生活者の消費行動はパターン化するどころか多軸化する傾向にあり、さらにはメタバースやWeb3による自律分散型の時間の過ごし方が促進されるとなると把握や予測がより複雑化すると考えられる。
トランズアクション(客数や訪問回数)で成長性や競合優位をとるのか、付加価値を上げて単価の向上で収益率を高めるのか、あるいは顧客との関係性を構築することでLTV(ライフタイムバリュー)を上げるのか、自社の強みを定め立ち位置をはっきりさせることがより重要な時代になると認識している。
その一方、本連載で述べてきたサステナビリティの視点を自社のサービスや製品のコアコンピタンスに採り入れ、かつ、その財による顧客の体験価値向上につなげていただきたいと考えている。
さらには業界を超えてコレクティブなインパクトを生み出すためにも、社内や産業界にとどまらず情報量を増大させ多様な連携を促進することも期待したい。
読者のみなさんが携わる産業が、人をつなげることで生活を楽しく、心を豊かにし、ライフワークバランスを整えてくれていることに一生活者としても敬意を表し、これからはエールを送る形で本連載を締めくくりたいと思う。



著者情報

ifs未来研究所 所長代行 アントレプレナーとして事業経験後、現職に就く。 2022年よりifsのシンクタンク組織であるifs未来研究所を継承し、環境・社会・経済を「一体かつ不可分」とした未来型協働解決アプローチを実践する。 74年生まれの団塊ジュニア世代。

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