繊維月報の連載など、外部への執筆・講演でもおなじみの ifs名物プランナー太田敏宏による、時代を独自に読み解くコラム「太田の目」。
前途洋々とはいえない日本の現状と、流行ジャンルの世界線との関連性に改めて目を向けます。
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久しぶりに海外企業向けのセミナーを行う機会を得て、日本のマーケットの現状を説明する資料を作成した。先入観を払拭してもらおうと「日本人は決して豊かではない」というスライドを作った。平均賃金はOECD加盟国34カ国中24位。しかも、平均給与は1992年をピークに、30年もの間、金額も下がり続けている。情報では理解していたものの、実際にグラフを作ったりすると、その絶望感がハンパない。
政府は「分配なくして成長なし」として、最低賃金の引き上げなどを行ってきたが、最近では、「成長なくして分配なし」路線にシフトしたようにも思える。確かに、企業の業績が上がれば、分配の可能性は上がるだろうが、そうはいかない。ますます、先が見えない世の中で利益は内部留保しておいた方がいいという判断もある。日本に長寿企業が多いのは、従業員は滅私奉公し、利益は内部留保するという手堅い(?)経営で成り立ってきたとも言える。
分配されない世の中に絶望している若者~中堅層も多いのではないだろうか。それを反映しているとも言えるのが、漫画やアニメ、ゲーム、ライトノベルの世界で持て囃されている“異世界転生”というストーリーだ。主人公は、たいていの場合、トラックに轢かれて、現実の世界から異なる文明の世界に転生する、そこで、現実世界の知識や経験で得たものや、新たに会得したものを活かしてチート化する。チートとは、通常では考えられない、他人よりずば抜けた、ずるいと思えるほど強い能力である。転生するのは、過去や全く異なる非現実世界なので、現代の社会では、ごくありふれた能力でも、それを活かして大活躍することができる。こんなストーリーが、もはやテンプレートのようになっているにも関わらず、様々な作品が生み出され、大ヒットを続けている。
現実世界で、一応、大学も卒業し、役立ちそうな資格も取得し、TOEICもそこそこの点数だが、なかなか思った企業に就職できない。たとえ、就職できたとしても、評価してもらえないし、当然ながら給料も上がらない。企業の業績はアップしていても、自分たちに還元される訳では無い。
そんな鬱屈したキモチを晴らしてくれるのが、異世界転生なのだ。自分だって、異世界に転生すれば、ものすごいチートになれるかもしれない。簿記も宅建も社労士も活かせるかもしれない。ある日突然、トラックに轢かれて異世界転生できる夢をみながら、今月もさして分配されていない給与明細を見てため息をついているのだろう。
著者情報
第1ディビジョン マーケティング開発第1グループ 小売業やメーカー向け戦略策定、商業デベロッパー向けの戦略・コンセプト策定・ディレクションなどが主な業務。時代を独自に読み解く視点で執筆・講演も行なう。同社ホームページにて「太田の目」を連載中。オリジナル調査「Key Consumer Indicators by ifs」のディレクターも務める。1963 年生まれの「ハナコ世代」。あいみょんの大ファン。
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